火曜コラム「オススメ書籍」第50回:平田オリザ、藻谷浩介『経済成長なき幸福国家論-下り坂ニッポンの生き方』毎日新聞出版
個性的で異分野の論客2人による対談が、驚くほどエキサイティングな内容になっています。タイトルはよく聞くようなものですが、本書の内容は多岐にわたっています。特に、個人的には平田さんの話を聞く機会がほとんどなかったので、とても新鮮な印象がありました。そして、平田さんの話に上乗せするように、藻谷さんも日頃の辛口な意見をさらに辛くしたような形になっています。その結果、タイトルの枠をを大きく越えていくような面白い議論になりました。
個人的に、特に印象的だったのは、平田さんが「演劇教育をやっている自治体は合計特殊出生率が高いというエビデンスを出したい」と述べたところです。一見すると演劇と合計特殊出生率の関係がイメージできませんが、コミュニケーション能力が高まることで、きちんと男女交際ができる子どもたちになる、ということのようです。
確かに少子化の大きな理由は未婚化や晩婚化、さらには若年層の低所得にあると言われています。そこで、出会いの場を設けたり若年層の雇用促進を図ったり、子育ての負担を軽減したりするなどの対策が行われています。しかし、演劇は別のアプローチですが確かに少子化対策にもなっていることに気づかされ、ハッとしました。演劇は出会いとコミュニケーションの機会にもなりますし、豊かさを経済面ではなく心の面から得られるからです。こうした発想を持っていなかったので、「なるほど!」と思いました。
一方、幸せや豊かさは自己決定力という指摘に対しては私も同感なのですが、「東京の大企業に就職したエリートに自己決定力が与えられていないのに、地方に移住するという自己決定を低く見てはいけない」という指摘には、やや違和感がありました。地方から東京に移住する若者の意識の中には、「とにかく地元に残りたくない」と考えている人々が意外と多いのです。おそらく家族やコミュニティの絆は強いものの、逆に地方特有のしがらみを不自由と感じる面もあるので、一時的でもいいから解放されたいと思っているのではないでしょうか。このように、地方にも自己決定力が抑制される面もあるように思います。
本書の内容は非常に刺激的なもので、大きな気づきになるものもあれば、違和感を感じる部分も多くの読者にあると思います。しかし、このような組み合わせの対談が企画されたことは、あえてそうした読者の反応を狙っているようにも思います。しかも聴衆の前で対談している形式(質疑応答も収録されています)なので、2人(他にも参加者はいますが…)の熱い議論が臨場感を持って伝わってきます。
これからの地方のあり方、私たちの暮らし方をめぐる議論に大きな一石を投じる書籍になっていると思います。