火曜コラム「オススメ書籍」第49回:松村むつみ著『「エビデンス(科学的根拠)」の落とし穴-「健康にいい」情報にはランクがあった!』青春新書
EBPM(Evidence Based Policy Making 証拠に基づく政策形成)の重要性が叫ばれています。個人の経験や勘に頼る(エピソード)政策形成ではなく、客観的な事実や分析による(エビデンス)政策形成が重要になっています。人口減少で税収が減る中で予算が限られ、財政赤字が世界最悪の水準になっているなかで、無駄使いではなく成果の見込める政策形成をするには、エビデンスが不可欠です。
しかし、一口にエビデンスといっても、信用性の高さは多様であり、「エビデンスがある」というだけでは必ずしも信用できない場合もあるようです。本書は「健康にいい」というエビデンスに関して、このことをのべています。政策形成のためのエビデンスではありませんが、私たちが大きな関心を持っている健康に関して、どのようにエビデンスが使われているかを知ることで、政策形成にも大きなヒントになります。
エビデンスのランクは、何と6段階もあるそうです。驚いたのは「専門家の意見」が最も信頼性が低いと述べていることでした。私も大学教員として専門分野はありますが、専門家の意見が信頼できないと指摘されて心穏やかではありません。
しかし、本書を読めば分かります。具体的なデータに基づいていない意見が信頼できないのは、そもそもエビデンスのない意見になっているからです。私もできるだけ事実に基づいて意見を述べようと心がけていますが、事実が示されていなければ意見に過ぎません。それをエビデンスとしてしまうのは危険です。
より信頼性の高いエビデンスは、分析や検証の方法が信頼できるものかどうか、それらの積み重ねや統合によって導かれているかどうかによってランク付けされます。したがって、新たなエビデンスが出てくることもありますし、それによって当初の見方が変わることもあります。
ただし、完全に正しい解を常に導けるとは限りません。その時の最新のエビデンスに基づいていても、分析や検証に限界があれば、限界を認識しつつ限りある情報を踏まえて最適と考える行動や政策形成に結びつけるしかありません。
新型コロナ対策でも「根拠を示さないのに営業短縮を受け入れられない」という声を聞きます。事業を営む方にとって率直な気持ちだと思います。もちろん、根拠があるのならば示さなければなりません。しかし、「根拠がない=効果がない」ということでもありません。必ずしも十分な根拠がない場合でも、限られた根拠のなかで最善の判断をしていることになります。もちろん、その条件で誰もが納得できる判断はできないでしょう。しかし、それはどんな判断になっても誰かが納得できないものにならざるを得ないと思います。
エビデンスはとても大切な人ですが、信用性のランクを正しく理解し、ただ「エビデンスがある」というだけで信用しないこと、エビデンスがない状況で最善の判断をする必要があることなどを理解することのできる書籍です。もちろん、「健康にいい」ということが何を意味するのかをしりたい方にもオススメです。