火曜コラム「オススメ書籍」第26回:菅義偉「政治家の覚悟」 文春新書
かつて出版された本を新書版として再版したものですが、出版された時に一部分が削除されて、かつてのモリカケ問題の対応との整合性で不都合だったのではないかといった話題が出ました(決して著者を擁護するつもりはありませんが、多くの人に読んでもらうには新書としてのボリュームが結構あるため、元の原稿の一部を削除すること自体は間違っていないと思います)。
その後、本書への注目はあまり見られなくなりましたが、現首相が官僚との関係ををどう見ているかを知るうえで重要な本だと思います。一部分を削ったからといって現首相のカラーが後退したかというと決してそうではなく、かなり圧倒される本だと思います。
本書のキーワードを端的に表す言葉は、第3章のタイトル「決断し、責任を取る政治」ということだと思います。そして、第6章のタイトル「『伝家の宝刀』人事権」からも分かるように、官僚は政治家の決断と責任に基づいて行動する存在であるべきだと捉えています。話題となっている日本学術会議の任命拒否問題も人事権の1つですし、かつてエリート総務官僚がふるさと納税に反対したことで左遷されたというニュースがありましたが、これも人事権です。
大ヒットドラマ「半沢直樹」でも「銀行員は人事がすべて」と言われましたが、やはり「公務員も人事がすべて」と言えるでしょう。モリカケ問題の対応も政治家の人事権に基づく忖度が背景にあると言われていますし、何よりも公務員は辞令に基づいて部署に配属されますので、さすがにクビにはならないとしても、幹部に昇進して活躍したい公務員は人事権に運命を左右されます。したがって、政治家の人事権は官僚にとって大きな脅威なのです。
本書は、菅首相のこれまでの政治的業績が豊富に紹介されていて、大変貴重な資料です。過去に出版された内容に最近のインタビューも入っているので、新しい内容も入っています。それらを読むと、政治家でなければできないような難問を、官僚や企業との対峙の中で果敢に突破してきたことが赤裸々に描かれています。それらを通じて、政治家の覚悟と責任は、大変重要だと私も感じます。
ただ、もともと公務員の立場であった私の目から見ると、官僚が「できない理由ばかり並べて抵抗する存在」として描かれています(情報収集が得意など、プラスの評価ももちろんありますが)。もちろんそうした面もあるでしょうし、そのことが菅首相の業績を際立たせています。しかし、これまでの積み重ねの中にも貴重な取り組みがありますし、それを突破することで別の面での歪みが生じてしまうこともあるかもしれません。政治家の覚悟と責任に加えて、官僚にも覚悟と責任がありますので、望ましい政策を生み出すという思いを共有して互いの役割を発揮していくことが必要ではないかと考えます。
いずれにしても、現首相には大きな支持の下で、新型コロナや激変する内外情勢への対応を期待していきたいと思います。