火曜コラム「オススメ書籍」第8回:井手英策「日本財政 転換の指針」岩波新書

 新型コロナの影響で国は2度の補正予算を編成し、赤字国債によって60兆円規模の追加支出をすることとなった。また、都道府県の基金も1兆円ほど取り崩した結果、残高が3割程度に縮小したという。本書が出版されたのは2013年であるが、現在の日本の財政状況はさらに厳しい状況にあると言えるだろう。

 本書は財政「再建」に対して、問題提起を行っている。財政再建で議論されるのは「何が必要か」ではなく「何がいらないか」であるという。もちろん、ムダ遣いが推奨されて良いわけではない。しかし、自治体の予算編成を経験してきた私の感覚では、誰もが不要と考えるようなムダを探すのは容易ではないし、規模も決して多くない。そのため、ムダの削減は不徹底に終わるか、少数派でも必要とされている支出にまで切り込むかのいずれかになる。後者の対応が進んでいけば、それは「限られた資源の奪い合い」であり、寛容なき社会の到来を導くのではないか。それは、本来「分かち合い」であるべき財政の逆機能とも言えるだろう。

 そこで、本書は財政の基本的理念として「ユニバーサリズム」を提起した。それは、人間を所得の多寡や性別等で区別せず、等しく扱うことに本質がある。生活保護のように救済すべき人を限定する「ターゲッティズム」ではなく、初等教育のようにああらゆる人々の必要を普遍的に満たしていくことが求められるという。

 イメージで述べるとすれば、これまで100の税金を納めてきた人々が救済対象でないことから、受けてきたサービスがわずか10にとどまっていたとする。そうすると、差し引き90のマイナスとなる(分かち合いの観点からすれば、プラスマイナスを考えることは決して好ましいことではないかもしれないが)。受けるサービスの量が納税額の10分の1と少ないため、負担の大きさが意識されて納税への抵抗感が生じやすくなる。これに対して、税金を150として60のサービスを受ける形にすれば、先ほどと同じ差し引き90のマイナスとなるが、サービスが6倍になり納税額は1.5倍に抑えられている。分かち合いを保ちながら誰もが大きなサービスを受けることができれば、「自分も一定のサービスが受けられる」と認識できるので、先ほどの事例よりも納税への抵抗感は少なくなるのではないか。

 財政の見直しは再建すなわち支出の削減のみに目を奪われやすいが、再構築すなわち収入を増やすことも同様の効果がある。納税への抵抗感を下げる方法は、これまでに検討されなかったもので斬新な印象がある。

 なお、新型コロナの経済的影響を緩和するために、さまざまな給付金が導入されている。特に、全国民に10万円を支給する制度は大きく注目された。主に、マイナンバーが自治体の事務負担を大きくしてしまったことや支給が遅いことなどが批判されたのだが、その前に検討されていたのが困窮世帯に限定したものであったことを考えると、まさに「ターゲッティズム」から「ユニバーサリズム」に転換したもの、と言える。給付金を全員が受け取った後で、税制によって財源を確保することも提案されており、まさに「ユニバーサリズム」に基づく形ではないだろうか。

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