日曜コラム「マイ・オピニオン」第10回:コロナ禍を機とした東京一極集中の緩和の可能性

 コロナ禍によって東京から地方への移住相談が増えているという。それは、人が密集する都市部から地方への移住を検討していることを表している。

 これまで、密集は経済的にプラスとされていた。「集積の利益」と呼ばれるが、企業の集積は情報の入手や関係者との取引、行政上の手続き、労働者の確保など、さまざまな面で利益が大きい。特に、最近は情報や金融などの産業が重要になり、三大都市圏の中でも東京への一極集中が進んできた。

 これに対して、労働者は「集積の不利益」を被る。高額な土地に狭い住居しか確保できない、遠距離通勤が負担になる、保育園など子育て環境が貧弱である、物価が高い、などである。しかし、一方で東京の労働者は幅広い業種がある東京で自分の可能性を引き出したいと思うし、所得水準も高い。また、魅力的な娯楽やスポーツ・文化に触れ、最先端の教育や医療を受けることもできる。労働者にとって不利益はあるが利益もあるのだ。だから、東京に大規模企業が集中し、地方から東京へ多くの人が毎年流出していく。

 そうした動きが逆になった、つまり都市から地方への移住を検討するようになったのは、集積の不利益が大きいと感じられたからである。しかし、同時に、テレワークの普及によって東京でなくても大企業に勤める可能性が開かれ、地方における「不集積の利益」が高まったからではないだろうか。つまり、地方に暮らしていても大企業に勤めることができれば、東京並みの幅広い業種に携わり高い所得を獲得するチャンスが地方でも生まれる。

 ただし、この逆の動きというのは、企業ではなく労働者の方であろう。企業は依然として集積の利益が大きい。オフィスの縮小を検討・実施しているケースもあり、サテライトオフィスの設置を進めている企業もあるが、大規模な本社の移転は集積の利益が失われる可能性が高い。引き続き東京を拠点としつつ、拠点への通勤を減らすテレワークが広がり、労働者が拠点に集積する必要性が低下すると考えられる。

 もちろん、テレワークがどこまで普及するかは未知数だ。企業ごとに取り組みも異なるであろう。そこで、次のような簡単な計算をしてみた。私が福井県立大学に勤めていた頃、テレワークではないが毎月2回ほど東京に出張していた(会議や勉強会など)。1泊2日、2回の出張・宿泊費は計7万円くらい(新幹線往復とビジネスホテル・シングル)であろう。だとすれば、東京の企業に勤めて得られる高めの給料と福井で生活することで浮く(東京よりも安くて済む)生活費がの合計7万円を上回れば、利益が生まれるのである。

 もちろん、東京に暮らしていなければ魅力的な娯楽やスポーツ・文化に触れ、最先端の教育や医療を受ける機会も減るだろう。しかし、東京に月2回行く機会があれば、十分ではないだろうか。私の経験だが、出張の方が自由な時間を取りやすいとも言えるし、地方の良い居住環境等も享受できるから、決して東京居住が良いとは言えない。

 こうした機会が増えるには、「ジョブ型雇用」が企業にどの程度広がるかがカギを握るだろう。「ジョブ型雇用」が多くの企業に普及するには、かなり時間がかかると思われる。新型コロナに効くワクチンが開発され、コロナが収束した後でも「ジョブ型雇用」への転換を進める企業がどこまで多いのか(私は、この点に必ずしも楽観的ではない)。

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