水曜コラム「公務員の学び」第16回:あえて異端の意見に触れる、異端になる

 社会科学の分野では、必ずしも絶対不変の真理があるとは限りません。私の恩師は「経済学は医学と同じようなもの」と述べておられます。医学は今なお発展を続けていますが、それは今まで分からなかったことが解明され、新たな治療法や薬などが試行錯誤のなかで見出されることを表しています。もちろん、未だに分からないことも多いですが、それが次の発展のタネになるのです。経済学もまた、これまでになかったような現象が起こると、既存の理論や政策で対応しつつ、新たな切り口から現象の構造を明らかにすることで理論の発展や政策の進化が生まれるのです。

 極端にいえば、すべての現象はこれまでになかったものです。毎日同じような生活をしていたとしても、まったく同じ1日を過ごすことはありません。経済学はこれまでになかった現実に対して、これまでの解明の蓄積をいかに活かし、新たな蓄積をもたらすプロセスで発展していくものです。経済学を学ぶ者、経済学を使って政策を考案する者は、こうした姿勢で現実に臨む必要があります。

 したがって、私たちは絶対不変の真理を求めて学ぶのではなく、あえて異端の意見に触れることも大切です。いわゆる定説と呼ばれるものを学ぶことももちろん大切ですが、それにあえて異を唱える説も、現象に対する幅広い見方を教えてくれるからです。これから起こる現象が、場合によっては異端の見方をした方がより明確に捉えられる場合もあるかもしれません。また、そうした見方を別の現象に当てはめると、やはり違った見え方ができることもあります。

 しかし、私は必ずしも異端の立場に立つことをススメているわけではありません。異端は定説があるからこそ異端として成り立つものだと思います。定説をしっかり把握し、さらに異端を知ることで幅広い見方を身につけることができると思います。自分がどちらの考えに近いのかは、それぞれの立場を踏まえて判断すれば良いでしょう。

 ただ、学校で行われる「ディベート大会」でも見られますが、あえて相手と反対の立場に立って意見を組み立てることも思考の訓練としては有益です。つまり、あえて異端になることはススメます。「読書の時はツッコミが大切」「インプットよりもアウトプット」と言われますが、自分が違和感を感じた部分をピックアップし、自分の考えをメモしておけば、それを蓄積・整理することで自分の意見がまとまってきます。あえて著者と違う立場をとり、あえてツッコムことで、幅広い見方ができるだけでなく、独自のアウトプットを導いてくれるでしょう。

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