火曜コラム「オススメ書籍」第36回:クリストフ・リュトゲ「『競争』は社会の役に立つのか-競争の倫理入門」慶應義塾大学出版会

 「競争は敗者を生むから悪である」という話は、経済の世界でもよく聞きます。特に格差の拡大が問題視されているなかで、その原因が競争にあるとしたら、勝者と敗者の違いが格差をもたらし、社会の分断を招いていることになるので、確かに競争は悪と言えるかもしれません。

 しかし、本書はこのことを否定します。本書は、競争を現代社会に不可欠の要素として評価しているのです。
ただし、競争が無条件で推奨されているわけではありません。本書では、適切なルールの下で行われ、生産的な成果を生むものにしなければならない、ということです。確かに、ライバルとの競争によって自分の成長を実感することも多くあります。ライバルに勝つこともあれば負けることもあると思いますが、重要なのは結果よりも成長である、ということは私自身も感じます。

 だとすれば、「競争は敗者を生むから悪である」という批判よりも、「競争を通じて全員が成長することで勝者になれる」という認識が生まれます。では、どちらが正しいのでしょうか。二項対立や二者択一で捉えるのではなく、ケースごとに競争がどういう結果をもたらすのかを見る必要があると言えます。どちらも競争の1つの側面だと思いますが、敗者になることですべてが終わってしまうのでは弊害が多いと言えます。これに対して、敗者復活によって再び競争が生まれ勝者になることも可能であれば、利益も多くなるでしょう。その意味で、著者は後者のような競争をもたらすルール作りが重要だ、と述べていることになります。

 そして、このことを経済学等の大家の著作を引き合いに出しながら導き出している点も刺激的で興味深いところです。アダム・スミスやハイエク、ボーモルと言った大経済学者、さらにはマルティン・ルターのような世界史で学んだ宗教家まで登場していて、競争の意味が浮き彫りにされています。これまで学んできた歴史上の人物が、単なる知識としてだけでなく、生き生きとした人物として浮かび上がってくる点も印象に残ります。

 もう一つ本書が刺激的なのは、一般的に競争が好ましくないと思われている分野に焦点を当てて、競争の意義を述べている点です。環境や教育、医療・介護などは助け合いや譲り合い、支え合いなどによって成り立つもので、競争とは相容れないものと認識されていると思います。しかし、こうした分野であっても競争の意義がある、と本書は述べています。このように、あえて論争を引き出すようなステージで議論を展開している点も刺激的で興味深いです。言い方を変えれば、こうした論争も1つの競争ですから、議論を通じてそれぞれの分野が発展してくことになるかもしれず、この本自体が競争の有益性を実践していることになると言っても良いかもしれません。

 最後に、本書は競争を無条件で礼賛しているものではなく、有益な競争とは何かを論じています。和訳タイトルは「『競争』は社会の役に立つのか-競争の倫理入門」となっていますが、主題よりも副題の方が本書の主張に近いと思います。

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