土曜コラム「今週後半のニュース」第42回:官僚の激務をどう解消していくか

 今週の後半も多くのニュースにコメントをしましたが、今回は次のニュースを改めて取りあげたいと思います。

 《3割を打った》財務省職員が口にした「プライドを含んだ隠語」が物語る“霞が関の働き方改革”の難しさ

 このニュースについて、私は次のようにコメントをしました。

 霞が関のリアルな仕事の実態が具体的に示されている。使命感と能力、連帯感で激務を乗り切る形は、もはや持続的とは言えない。

 この記事を書いた方は元財務省の官僚です。財務省は「省庁の中の省庁」であり、財務省の官僚は「エリート中のエリート」と言われるほど、省庁・官僚の中でトップの位置に君臨する存在と言えます。国家公務員総合職でも財務省は上位で合格しなければ採用されず、東大法学部出身者でも優秀な成績で卒業した学生が多いとも言われます。

 記事には、月378時間の残業という驚くべき数字が出てきます。これは月の正規労働時間の倍を超えています。おそらく寝る時間さえほとんどないと想像するほどの激務です。河野行革担当大臣は「黒を通り越している」と述べたそうですが、こんな労働に耐えた人がいたとは思えないほどの「ありえない」次元です。

 とはいえ、そうした激務があっても新型コロナ対策には国民や事業者から強い批判を受けています。「足りない」「遅い」「意味がない」など容赦ありません。こうした批判に応えるべく新たな対策を打てば官僚の仕事も当然増えます。記事の著者が述べるように「官僚にとって、仕事量を自らの才覚だけでコントロールすることはほぼ不可能」です。上司である大臣(政治家)の指示に従う義務があります。そこで、残業時間を減らすには政策を減らすか官僚を増やすしかありません。

 しかし、どちらも容易ではありません。前者はサービスの後退に人々が失望すれば選挙で不利になり、上司の政治生命に影響が出ます。また、後者は人件費の膨張で財政を圧迫します。どちらも踏み込んだ対応は難しいのです。

 そこで、職員の能力開発(生産性向上)や人件費負担の小さい非正規雇用を増やすといった対応が行われてきました。しかし、これにも限界があります。財務省に限らず公務員の大半は一生懸命仕事をしています。また、非正規雇用を増加すれば創造的な仕事の可能性が低下します。これらで対応可能な部分は確かにあるかもしれませんが、残業の解消には不十分でしょう。

 なお、これからは、DX(デジタル・トランスフォーメーション)などによる効率化も可能でしょう。しかし、同時に人口減少も加速していくので、職員の削減(自然減少とも言えるでしょう)によって残業がなくなることは期待できません。

 結局、現状では職員の残業は残ってしまうと思います。そして、記事にあるように「インプットを重視する家族型組織」によって、残業を賞賛する風土がこれを支え続けていくのです。チームワークによる仕事は、できる人や残業を厭わない人に集中します。それがチームの生産性を上げ、周囲から重宝されるからです。

 公務員は「国のため」「地域のため」という強い使命感を持っていて、かつ上司の指示に従う義務がある以上、残業に対する認識が通常とは違います。しかも、エリート官僚は「成長」に人一倍貪欲なので、「無理と思えることこそ、頑張った先に一皮むけた自分になれる」という思いもあって、長時間残業へのモチベーションをむしろ高める傾向もあるのではないでしょうか。残業代をもらわなくても他の誘因があるのです。そうして昇進してきた上司の下で仕事をする若手に継承されていきます。

 しかし、これでは心身を故障してしまうまで激務を続けることになり、問題の解決は遠のくばかりです。しかも、故障者が出れば見直しがなされるかといえば、多少そうした空気にはなっても、根本的な見直しには至りません。結局、代わりの元気な職員に頑張ってもらうことになります。悪い言い方ですが、次の故障者が出るまで同じことが続くことなってしまいます。

 やはり、官僚の数を増やすか政策を縮小するしかありません。それこそ、「不要不急」の政策をこの際思い切ってやめること、それができなければ官僚の数を増やして国民に応分の負担を求めることが、とるべき正面突破の方法です。これは、官僚の働き方のために国民に痛みを求めるのでは決してありません。国民が必要と判断した政策に必要な職員の確保もあわせて必要性を認めてほしいということです。

 最後は国民に不平を述べたような形になってしまいましたか、こうしたメッセージを発信できるのは政治家だと思います。これからの政策を実りあるものにしていくために官僚の存在は不可欠だということを、政策と併せて発信してほしいと思います。

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