金曜コラム「私が学んできたこと」第8回:苦しいことは、当たり前

 仕事は楽しい時もあれば苦しい時もある。良い結果が出たときは、頑張ったことが報われたと喜ぶ。そして、「次も出来る」という自信になる。結果が出なかったときは、頑張っても報われなかったと嘆く。そして、「次もできないのではないか」という不安になる。

 ただ、楽しい仕事はそもそも多くない。苦しいことの方が多い。なぜならば、仕事で給料を頂いているからだ。仕事には「結果が出て当たり前」というプレッシャーがのしかかる。結果が出たとしても、「喜ぶ」というよりも「ホッとする」という気持ちの方が強いだろう。そして、すぐに次の仕事が待っている。あまり喜んでいる暇はないのだ。逆に、結果が出なかった時は「この結果で給料をもらって良いのだろうか」という申し訳ない気持ちになる。

 しかし、高い目標をもって何かに向かう人は、必ず苦しいものである。それは「自分がその目標を実現したい」と、心の底から思っているからだ。つまり、自分の意思で苦しいことに向かっているのである。そういう人は「苦しい」「できることなら味わいたくない」とは思わないものである。むしろ、目標を達成するために自ら突っ込んでいかなければいけない「当たり前のこと」なのである。それくらいのことをしないと目標を達成できない、だから苦しいのは当然だ、ということだ。

 ただし、仕事にはもう1つの側面がある。それは、自分から高い目標を描けない仕事でも、時にはしなければならない、ということだ。もちろん、そうした仕事をするくらいならやめた方が良い、という意見もある。確かにその通りだ。しかし、100%したいことだけをできる仕事はおそらくないだろう。何かしらしたくないことも付いてくるのが仕事だと思う(もちろん、したいことが少ない仕事はやめても良いと思う)。そうした「やりたくない仕事」は、「どう乗り切るか」というよりも「どう成長に結びつけるか」を考えることが大切である。その仕事を終えた先には、一皮むけた自分に出会えるかもしれない。苦しい仕事であったとしても、その先の希望に変えて仕事に向き合ってほしい。

 今、公務員試験に向かっている学生は、試験本番を少しずつ迎え、最も苦しい時期であると思う。しかし、公務員を目指す人は、みな同じである。公務員として活躍している未来の自分を想像してほしい。一流のプロ選手は、これから自分がすることをイメージしてから本番に臨むという。パットを打つゴルファーはカップインするイメージを、野球のバッターはホームランを打つイメージを(自分で解説を付ける人もいるという)、オリンピック選手は日の丸を歌っているイメージを心で描いている。苦しい時期ではあるが、みんな同じ、そして苦しみを希望に変えて最後まで走り切ってほしい。

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