火曜コラム(水曜日掲載)「オススメ書籍」第19回:井手英策「経済の時代の終焉」岩波書店

 本来はこのコラムを昨日掲載すべきであったのですが、私の勘違いで月曜コラムを続けて掲載してしまいました。そこで今日は昨日掲載すべきであったご覧を掲載したいと思います。以降、今週のコラムは曜日を繰り下げて掲載したいと思います。

 本書は「シリーズ 現代経済の展望」(全13巻)の1冊として刊行されたもので、これまで進められてきた新自由主義の経済学に基づく政策がもたらしたさまざまな弊害を明らかにし、そのうえで新しい社会の構想を提示する意欲的な本です。

 井手氏の著書は大変多く、主張も一貫しています。本書の特徴は、井手氏の主張の背景を総括的に詳述した点にあると思います。したがって、井手氏の主張を知りたい場合は岩波新書など他の本を見た方が早いかもしれません。そこで、本書の紹介としては主張の背景を整理してみたいと思います。

 新自由主義の浸透による弊害として、本書では3つを挙げています。第1に、賃金の下落です。その要因として、機関投資家による株主利益の最大化や労働組合の衰退、キャッシュフローの重視などを挙げています。さらに、派遣労働に関する規制緩和や日本型雇用慣行の動揺なども要因として考えられます。

 第2に、グローバリゼーションによる世界経済の不安定化です。メキシコの債務危機や欧州債務危機、そしてリーマンショックなど世界経済を揺るがす大きな出来事が頻発していることを指摘しています。これはアメリカのグローバリズムが国際秩序に大きな変動をもたらし政治対立までに出していることを表していると述べています。

 第3に、財政危機です。日本は世界最悪水準の赤字を抱えている国であることはよく知られていますが、本書ではアメリカのデトロイトの財政破綻を取りあげ、アメリカ社会を覆う分断性の問題を指摘しています。これは日本にも類似した状況があると思います。なお、日本でも夕張市が財政破綻をしましたが、 日本の地方自治体は国の支援と保護の下で破綻する前に再建を図る仕組みがあります。ただし、国も国の財政も厳しいことから地方への保護を縮小しようとする動きもあり、今後どのように表面化するかが懸念されるところです。

 著者は以上の問題を踏まえ、「経済の時代の終焉」を指摘するとともに、新たなビジョンとして「再分配と互酬の新しい同盟」を築くことを提案しています。 財政再建至上主義から財政を解き放ち、「経済成長を前提としない社会」と「人間の顔をした経済」を求めることが必要と述べています。そして、 この問題に挑むときの跳躍点が「特定の誰かの利益」から「人間の利益」への価値の転換で、これを表現するのが「選別主義」と「普遍主義」となります。 普遍主義が社会のつながりを強化する、という発想です。

 なお、冒頭で述べたように、本書は井手氏の数多い著作に一貫する主張の背景が詳しく述べられていますが、主張そのものはそれほど文字数を割いていません。そこで、主張については他の著作を読まれる方が良いと思います。本書の刊行は2015年で5年を経過しているので、主張を詳しく知りたい場合は最近の著作を読まれる方が良いでしょう。

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