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 確定申告の会場を後にして、市役所に戻ってきた。
 確定申告の会場は、意外にも和気あいあいとした雰囲気だった。どちらにしても納税は国民の義務だからどんな雰囲気でも納税しなければならないのだが、良い雰囲気の方が気持ちよく納めることができる。場を盛り上げたり、楽しくコミュニケーションをとったりするのは得意だから、自分にもできそうだと思った。

 だが、ここで井上さんの一言に衝撃を受ける。

 井上「職員がニコニコして応対しているから、楽しそうに見えるかな? でも、実はそうでもないんだ。僕も去年経験したけど、思ったよりも疲れるんだよ。」

 私「えっ、そんなふうには見えませんけど、なぜですか?」

 井上「市民の立場に立って考えてごらん」

 私「そうですね…、ちょっと想像できないです」

 井上「例えば、家族や友達と会話するのは楽しいよね。本音で話せるし、自分が話したいことも話せるから。でも、ここは仕事場なんだ。市民に気持ちよく過ごしてもらうために、職員が自分の話したいこと話すだけで良いと思う? しかも、初めて話す人がほとんどだし、年齢も離れているからね。」

 私「確かにそうですね」

 井上「もちろん相手のプライバシーに関わることは聞いてはいけないし、趣味とかレジャーのことは多少聞いてもいいけど、仕事そっちのけになっても良くないよね。ここはあくまで、納税の場所だし、市民も遊びに来ているわけではないからね」

 そのとおりだ。楽しそうに見えるけれども、楽しいだけで仕事は務まらない。特に市民と直接向き合い、税金を扱う仕事なのだから、しっかり自覚を持つことが大切だと感じた。

 続けて井上さんが言う。

 井上「公務員にとって税金は、どういうものだと思う? それが分かると、いろいろと仕事に役立つよ」

 私「そうですね。給料は税金からいただきますし、税金使ってサービスをするので、税金がなければ公務員の生活も仕事も成り立たないですよね」

 井上「良いところに気づいたね。市民が税金を納めることで、自分たちにサービスが提供され、その仕事をしてくれる公務員の給料を負担する。だから、市民は公務員に税金を預けているんだよ。」

 私「預ける、ですか?」

 井上「そう。君も銀行に貯金しているよね。預けただけだから、自分のものだ。税金もそれと同じ。よく「税金を取られた」なんて言われるけど、サービスが受けられないなら本当に取られたことになる。でも、ただ取られるだけなら反乱が起きるよね。自分の納めた税金がすべて自分に戻ってくるわけではないけど、税金はみんなで負担を分かち合うものだから、社会全体で預けて社会全体に還元するものだ。そして、公務員がきちんと還元しているから、税金で給料を負担することも認められる。だから、もし公務員が還元する仕事をできていなかったら、公務員の意味もなくなってしまうんだ。だから、市民は公務員に税金を預けていることになるし、公務員にとって税金は「預かる」ものと考える必要があるんだ。」

 私「よく分かります。預かる立場なら、ちゃんとお返ししないといけないですよね。銀行だって、預けたお金で職員の給料が出ていますから、結局、預けた人が人件費の負担をしていることになりますし。怪しい雰囲気の銀行なら誰も預けませんよね。」

 井上「さすが大学生。いいところに気づいたね。確定申告の場は、まさに市民に安心して税金を預けてもらうところだから、ただ楽しい雰囲気だけでなく、「預けても大丈夫」だと思ってもらうことが大切だよね。受け付けている職員は、全職員を代表してもいるからね。もし市民の気を悪くしてしまったら、他の職員にも迷惑がかかる。そのことをしっかり自覚したうえで、楽しい雰囲気を作っているんだ。緊張感をしっかり持ちながら楽しい雰囲気にするのは大変なんだよ。」

 私「勉強になりました。家族や友達とのコミュニケーションとは全然違いますね。難しそうですが、頑張りたいと思います」

 井上「頑張ってね。もちろんいろいろな人がいるから、上手くいくこともあればるし怒られることもあるけど、みんなそうして成長しているんだ。僕もたくさん怒られたけど、喜んでもらったこともある。確定申告が終わって市民から「あなたに担当してもらって良かった!来年もよろしくね!」、って言ってもらえることもある。その時が、一番嬉しい瞬間かな。苦労が報われて、泣けてくるよね。もちろん疲れるけど、そういう日の夜はビールも美味しいよ。仕事してるなあ、としみじみ思うね。」

 私「はい!ありがとうございます!」

 井上「じゃあ、次はお金を使ってみようか。仕事に使うボールペンを買うから、やってみてくれる?」

 次回に続く…

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