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 税務課でのインターンシップ体験も終盤を迎えていた。市役所の仕事はホームページなどでイメージはしていたが、証明書の発行や確定申告の受付など初めて知ったことばかりで、やっぱり現場を体験して良かったと思った。仕事はもちろん大変だと思うけれど、みんな頑張っているし、先輩も温かくサポートしてくれる。大変だからこそ、みんなで力を合わせて乗り越えた時の達成感も大きいんだろうな、と思った。高校時代に甲子園を目ざして野球の練習にチーム一丸となって打ち込んでいたのだが、市役所の仕事もそれと似ているのかもしれない。

 そう考えていると、井上さんが声をかけてくれた。

 井上「税務課での体験はだいたい終わったけど、せっかく納税の現場に来たから、今度は税金を使ってみようか?」

 私「はい、でもどういうことですか?」

 井上「税金は市役所がさまざまなサービスを行うために必要なお金だから、それをきちんと預かるだけでなく、市民のために適切に使うことが大切なんだ。他の部署でもその税金を使っているけれど、預かる部署だからこそ大切に使うことも学べると思うよ。だから、ここで使うことも経験してほしい。」

 私「ありがとうございます。でも、どうやって使うんですか?」

 井上「そうだね。文房具を買ってみようか。仕事をするのにボールペンとかホチキスとか、クリアファイルなどが必要だよね。金額も大きくないから、良い練習になるよ。」

 私「そうですね。私も普段は文房具店とかで買っているので、イメージしやすいです。今から文房具店に買いに行くんですか?」

 井上「いや、外には出ないよ。そして、その前にやることがたくさんあるんだ。」

 私「えっ、文房具を買うだけなのに、大変なんですか?」

 井上「そうなんだ。実はね…」

 と言って、支出のプロセスについて説明してくれた。まず、あらゆる意思決定には「起案(起案)」という書類を作らなければならないらしい。そして、上司の了解を得るための「決裁(けっさい)」というプロセスが必要になる。つまり、やりたいことがあったら「これをやってもよろしいですか?」というお伺いの書類を作り、それに上司が「いいですよ」という意味の印鑑を押してもらうのが起案と決裁である。
 文房具を購入するのも同じ手続きが必要だ。もちろんそれほど大きな金額ではないので、課長がOKをすればそれで良いらしい。これが大きな金額になれば、部長や市長まで決裁をもらう必要が出てくるそうだ。
 ちなみに、このようなプロセスのことを「稟議制(りんぎせい)」、そのために使われる書類を「稟議書(りんぎしょ)」とも言う。なお、支出に関する稟議書は「支出負担行為伺(ししゅつふたんこういうかがい)」とも呼ばれている。
 もちろん、何でも買って良いわけではないし、いくらでも使えるわけではない。議会に認められた内容と予算額の範囲内で支出を決めている。文房具がなくなったら仕事にならないので、なくなる前に買っておく必要がある。今回は、セロハンテープと付せんを買うようだ。
 ※文房具は定価が決まっていて、単価も低い。これに対して、工事などは定価がなく、金額も高い。そこで、工事などでは「入札」が行われ、最も安い価格で引き受けてくれる業者を選ぶプロセスが別に必要になる。

 そこで、私は井上さんの指示に沿って稟議書を作ってみた。市役所の仕事は市民にサービスを提供することだから、毎日のように稟議書が作られるそうだ。だから、支出システムが整備されていて、オンラインで必要事項を入力すれば、稟議書が自動的に印刷される。予算がいくら残っているのかもすぐに分かるので、便利だ。

 指示に従って稟議書を印刷するところまでできた。井上さんが次にやることを教えてくれた。

 井上「稟議書ができたから、次は上司の決裁を貰おう。書類の上に、「係長」とか「課長補佐」「課長」と書いてあって、その下に空欄があるよね。そこに印鑑を押してもらうんだ。」

 私「なるほど、印鑑を押して貰うと了解したことになるんですね」

 井上「そうだよ。稟議書はたくさん作られているから、職員は常に印鑑が必要なんだ。ただ、最近はハンコレスなんて言われているし、ペーパーレスで決裁が電子化されている自治体もあるけどね。うちは小さな自治体だから、そうなるにはもう少し時間がかかりそうだけど」

 私「でも、上司はすぐ近くにいるんですから、別に電子にしなくても困らないですよ」

 井上「確かに、ここは大丈夫だと思うよ。だけど、市役所だけじゃなくて地区の公民館や図書館でも稟議書は作るし、大切なものは市長まで決裁が必要だから、市役所に来ないと決裁が貰えないことになる。わざわざ市役所に行くのは時間もかかるし、車で移動すれば二酸化炭素も出るからね。やっぱり電子化はいずれ必要になるよ」

 私「確かにその通りですね。」

 こうした会話をしながら、文房具の稟議書に、係長から課長補佐、課長へと渡して印鑑を押してもらった。課長の印鑑を待っている間に、課長から話かけてもらった。

 課長「インターンシップどう?緊張してるみたいだけど、リラックスしてね」

 私「ありがとうございます。とても勉強になってます。」

 課長「それは良かった。来年、待ってるよ。ぜひ来てね」

 課長から思いがけない励ましをいただき、稟議書も無事に決裁を終えた。これで、セロハンテープと付せんを買って良いことになった。取引のある文房具点に連絡して、持ってきてもらった。稟議書は支出を担当する部署に渡し、銀行振込で支払うことになるそうだ。

 ※銀行振込をする時も、支出命令という稟議書を作成しなければならない。これは「以前、買っても良いと了解を得たものを買ったので、お金を払っていいですか?」という意思決定の書類だ。なお、文房具のような少額の場合は、支出負担行為と支出命令をまとめて1枚の稟議書とすることもできる。こうした細かいルールは、自治体によって異なる。

 無事に稟議書の作成と決裁が終わると、井上さんが声をかけてくれた。

 井上「どう、文房具を買うだけでも大変でしょ?」

 私「そうですね。ふだんの買い物みたいにパッと買えると思っていたので、ちょっと面倒な感じもします。でも、税金だから大切に使わないといけませんからね」

 井上「そうだね。効率化も大切だけれど、市民の貴重な税金を使うのだから、慎重さも必要なんだ。特に税務課にいると、納税者とも直接コミュニケーションするから、「ムダ使いできない」という気持ちが強くなるよ。だから、最初のインターンシップで体験してもらったんだ。」

 私「ありがとうございます。よく分かりました。」

 井上「じゃあ、税務課の体験はこれで終わったから、皆さんに挨拶して明日から次の部署に行こう。」

 再び課長にお礼の挨拶をした。すると、課長から全員に声をかけて、皆さんの前で挨拶することになった。忙しそうにしていた職員も手を止めて、話しを聞いてくれた。そして、最後に拍手までしてもらった。その温かさに感激した。

 井上「じゃあ、今日はこれで終わりにしよう。お疲れ様。明日は次の部署に行くから、ゆっくり休んでまた明日来てね。プロフェッショナルは、心身を整えておくことも大切だよ」

 私「ありがとうございました。明日もよろしくお願いします。」

 と挨拶して、初日の市役所を後にした。今日は疲れたので、ぐっすり眠れそうだ。明日はどの部署に行くのか、楽しみだ。

 (税務課編、終わり)

次回に続く…

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