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 今日は、朝から財政課の査定を体験することになった。大きな会議室に案内され、一番後ろの席に座った。

 会議室のテーブルは「コ」の字に並んでいて、椅子は15席くらいある。まだ会議室には誰もいない。井上さんが教えてくれた。

 井上「9時から市長査定があるんだ。財政課の査定とは違って、特に重要な政策を市長がここで直接判断する。だから、緊張感もあるよ。」

 私「昨日、市長の話を聞いた時の印象は「優しい方だな」と感じたのですが、そうではないんですか?」

 井上「もちろん、普段は優しいけれど、仕事は仕事として厳しくやらないとね。特に予算は預かった税金を市民にしっかり還元しないといけないから、安易に使うのは許されない。そのなかでも、市長が査定するものは最高責任者としての市長の判断を必要とするほど重要なものだから。家でも家族会議みたいに張り詰めた雰囲気になることもあるよね。それが市長査定に近いかな。もちろん、市民の幸せを願って税金を使うのだから、やりがいも大きいけれどね。」

 私「昨日、確定申告を体験させてもらったので、よく分かります。確定申告が和やかな雰囲気でできるのも、市への信頼があってこそですね。」

 井上「そうだね。さあ、少しずつ人が集まってきたよ。」

 今日の査定内容は、新型コロナウィルス対策として市が独自に給付金を出す、というものらしい。全国民に10万円配布したのは知っていたが、さらに上乗せするようだ。
 8時45分には予算を管轄するコロナ対策室の職員が入ってきた。この室は新型コロナの蔓延で急いで設置されたもので、もちろん誰も経験したことのない仕事を任されている。10万円の配布でも案内文の発送から申請の受付、振込までの作業を連日行っているし、さまざまな相談も受けている。なかなかコロナが収束しないなかで市民のストレスも大きくなっているが、コロナ対策室の職員はもっと疲れているように見える。「いつになったら落ち着くのだろう」「次に何が起きるんだろう」先が見えないことが、仕事でも一番キツいように感じる。
 コロナ対策室の職員が、予算説明のための資料をそれぞれの席に置き、スライドの準備も進めていた。財政課の職員がサポートし、10分ほどで準備を終えたところで、財政課長とその上司である財政部長が入ってきた。コロナ対策室の職員と財政課長・財政部長は向かい合って座る。一方が予算を要求する部署(コロナ対策室)、他方が予算を査定する部署(財政課長・財政部長)という形だ。さあ、予算獲得を巡る攻防の舞台は整った。あとは市長を待つだけだ。

 9時ちょうどに市長が入ってきた。秘書課の職員が会議室まで案内して、自分の隣の席に座った。秘書課は市長と常に行動をともにするから、それも大変だなと感じる。
 市長は昨日の挨拶で見せた穏やかな顔とはまったく違って、「これから大切なことを決めるんだ」という決意に満ちた表情だ。会議室の緊張感も一気に高まった。

 財政課の職員による進行で査定が始まった。

 財政課職員「これから市長査定を始めます。市独自の新型コロナ対策給付金についてです。まず、担当部署から概要を説明してください。」

 コロナ対策室の職員が、スライドと資料を使ってポイントを説明した。何度かリハーサルしていたのだろう、よどみない説明で分かりやすい。私もゼミでプレゼンすることはあるが、「こういうことの準備だったのか!」と分かった。ゼミでもっと頑張ろう…などと思っていたら、すでに説明は終わっていた。

 市長から矢継ぎ早に質問が飛んできた。「それで、効果はどのくらい?」「いつごろ届けられそう?」「基金(市の貯金)はまだ十分ありそう?」

 1つ1つの質問に、コロナ対策室の職員が簡潔に答える。時々、グダグダと説明してしまったり、ここぞとばかりに張り切って話を始める人もいるそうだが、それでは迅速に意思決定できない。そういう時には財政課の職員も「簡潔に説明してください」と、途中で注意するそうだ。なお、基金の残高は、財政課が補足していた。何度かやり取りがあった後、市長の判断が示された。

 市長「了解です。やりましょう。」

 えっ、準備が入念だった割にはずいぶんあっさり決まったように思った。市長がそう告げると、すぐに席を立ち、早足で会議室を後にした。秘書課の職員から次の予定が伝えられ、車で外出するようだ。「こんな少ないやり取りで大丈夫なのかな?」と思う一方で、「さすがリーダー、即断即決ですごいな」とも感じた。
 

 会議室は、査定を終えた緊張感から解放され、和やかな雰囲気になった。コロナ対策室の職員と財政課長が談笑している。コロナ対応の苦労話を聞いていたようだ。その間、財政課の職員が会議室の片付けをしていた。

 私「緊張感もすごかったですが、とても大切な仕事の割には、あっという間に終わったように感じました。」

 井上「市長査定までいろいろ練ってきたからね。いきなり市長に説明したわけではないんだ。財政課長も財政部長も細かく確認して、これで問題ないと判断しているんだよ。だから、市長も即決できるんだ。」

 私「そうなんですね。市長が判断するのも責任があるので大変だと思いますが、そこまで持っていくまでの財政課やコロナ対策室の準備も大変なんですね。」

 井上「それが税金を預かる、っていうことだから。また、予算は市長が決めてすぐに使えるわけではなくて、まだ案の段階にすぎないんだ。議会に予算案を提出して、可決してもらって初めて使える状態になる。選挙で選ばれた議会のチェックを受けるから、しっかりと説明できるものにしないといけない。」

 私「そうなんですね。査定で終わりではないんですね。」

 井上「よく、後手後手の対応とか言われるよね。もちろんスピード感も大切だけれど、暴走するのも危険だ。来週の議会で審議されるから、見ておくと良いよ」

 私「ありがとうございます。その日はインターンシップは終わってますが、私も少しばかり税金を納めているので、納税者として関心を持って審議を見守りたいと思います。もちろん、給付金が貰えるのも楽しみにしてます!」

 井上「ははは、そうだね。じゃあ、財政課に戻ろうか」

 こうして、私は査定現場の体験を終えた。

 次回へ続く… 

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