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 インターンシップも4日目、いよいよ最終日となった。これまでのインターンシップでは、税務課、財政課、女性活躍課と3つの部署を体験してきた。部署によって仕事の内容は全然違うけれど、職員の皆さんは一生懸命仕事をしているのが印象的だった。地域の発展に貢献する仕事につきたい、という夢を叶えて生き生きと仕事をしているように見えた。今日は最終日、どの部署を経験できるのだろうか…期待に胸を踊らせながら、市役所に向かった。

 市役所に着くと、井上さんが声をかけてくれた。

 井上「おはよう、今日は最終日だね。これまで貴重な経験になったかな?」

 私「はい!参加してとても良かったです。今日で終わりだと思うと、何だか寂しいですね」

 井上「夢を叶えて、来年からずっとここで仕事ができると良いね」

 私「ありがとうございます。勉強頑張ります!」

 井上「今日は、また慌ただしいスケジュールになりそうだけど、またこれまでと違って面白そうだよ」

 私「どの部署に行くんですか?」

 井上「観光振興課に行くことになっている。今日は出張とイベントがあるそうだから、そこに連れて行ってくれるみたいだよ」

 私「観光ですか。私も一人旅が大好きなので、興味があります。だけど、この街に観光スポットなんてありますかね?思い浮かばないです」

 井上「なるほどね。じゃあ、今日も良い体験ができそうだね。早速、行ってみようか」

 観光振興課に向かうと、まず課長が出迎えてくれた。表情が明るく、見るからにアグレッシブな感じが出ている。

 観光振興課長「おはよう、今日は観光振興課の体験に来てくれてありがとう。今日は少しバタバタするけれども、絶対良い体験なるから頑張ってね!」

 私「はい、ありがとうございます。最終日で少し疲れもありますが、何とか乗り切りたいと思います」

 観光振興課長「いやいや、乗り切るっていうと後ろ向きな感じがするよ。ここは観光振興が使命だから、皆に良い体験をしてもらうのが仕事なんだ。僕は課長だから、職員が良い体験をしてこそ、観光に来てくれる人も良い体験ができると思っている。だから、楽しく仕事しようね」

 私「すみません、思いっきり楽しみたいと思います」

 観光振興課長「そう、その調子!じゃあ、さっそく出張に行こうか。お土産の開発をしている和菓子屋さんに行くから、出かける準備をしてね」

 準備と行っても、まだ課長に挨拶したところだから、カバンも身につけたままだ。慌ててデスクにカバンを置いて、職員の皆さんに軽く挨拶した後、すぐに駐車場に向かった。

 和菓子屋さんには車で10分ほどで着いた。たまに買い物にも行く、馴染みの店だ。大好きな和菓子が食べられるかもしれない、ちょっとウキウキしながらお店に入っていった

 お店では、すでに試作品がいくつか並べられていた。どれも美味しそうで、「早く食べてみたい」という気持ちを抑えられないほどだ。仕事ではなくプライベートの買い物なら、飛びついていただろう。でも、ここはグッとこらえて、とりあえず様子を見守った。
課長が店長からそれぞれの試作品について、コンセプトやターゲットなどの説明を受けた後、課長が1つ1つ試食していった。さっきの元気すぎるくらいの印象から真剣な表情にガラッと変わっていた。

 私はしばらくその様子を見ているだけだったが、「早く食べたい」という気持ちは少しずつ薄れていった。その代わり「これはとんでもない現場だ」という感覚に襲われたのだ。どうやらこの試作品は、市の補助金で開発しているものらしい。店長が試行錯誤を重ねてきたのは、何よりも多くの観光客がお土産で買ってくれる新しい定番商品にしたいという気持ちがあるからだ。もちろんお店の売上も増えるし、観光客がたくさん来てくれれば地域全体が潤う。だから、補助金まで出して開発を進めているのだ。課長が試食に来たのも、補助金にふさわしいお土産はどれか、改善すべき点があるか、など、市の立場で店長に伝えるのが今回のミッションだったのだ。

 だから、お客さんなら「美味しい!」と喜ぶだけで良いのかもしれないが、課長さんは市民が収めてくれた税金を使って補助しても問題はないのか、市が目標のである、観光客を5年後に20%増やすことにつながるかどうか、など、多くの重たい役割を抱えて試食をしている。課長が真剣になるのも無理はなかった。むしろ、本来は楽しめることも仕事になると楽しめなくなってしまう、そんな悲しさも感じざるを得なかった。

 一方、店長の表情も真剣そのもの。もちろんお店の経営に責任があるのだし、新商品が売れるかどうかはとても重要だから、真剣になるのも当然だろう。でも、そこには真剣だけでは理解できない複雑な気持ちもあるように思えた。井上さんに聞いてみた。

 私「店長さんはどんな気持ちなんでしょうか。もちろん真剣だと思いますがわそれだけではない感じにも見えます」

 井上「そうだね。たぶん、こんなことじゃないかな。今回は補助金をもらっているから、課長さんに何を言われるか不安な気持ちがあるんだろうね。課長さんは商品開発のプロじゃないから、そんな人にあれこれ言われても困る、という気持ちもあるかもしれないし、それでも補助金を貰うために対応しなければならない、という気持ち、そして、お店が繁盛するだけじゃなくて地域全体を盛り上げたい、という、気持ち。いろいろな気持ちが交錯しているんじゃないかな。結局、普通の商品開発とも違う、ってことなんだと思うよ」

 私「なるほど、そうなんですね。私も店長の立場だったらと考えると、本当に大変だなって思います。嬉しそうに食べていただけだったので、全然考えてなかったです」

 会話が店長にも聞こえていたらしく、店長も話に入ってきた。

 店長「確かに商品開発は大変だし、補助金が入るともっと大変だよ。だけれど、そうやって食べて喜んで貰うために開発しているんだし、喜んで貰えたら大変さも吹っ飛ぶから、それで良いんですよ」

 課長「店長の言う通りだ。こうした準備は本当に大変だと思う。でも、それだけの準備をしてきたからこそ、皆が喜んでくれるんだよ。観光振興課の補助金も、そうした店長の熱い思いに応えるためのものだから、真剣に取り組んでいる。商品になって、最初に売れたら一緒にお祝いしましょうって約束してるから、僕もそれを楽しみにしてるんだ」

 店長「早くお客さんの喜ぶ顔を見たいです。せっかく試作品もたくさん用意しましたから、ぜひ召し上がってください」

 私「やったー、嬉しいです」

 観光振興課長「良かったね。だけど、これは体験だから仕事だと思って食べてね。そして、意見も頼むよ。若い人がどう感じるかも大切だけれど、それは僕にはなかなか難しいから、課長になったつもりで、よろしくね」

 私「はい、ありがとうございます」

 そう言われると、さすがに楽しんで味わうことはできなかったが、よく和菓子を食べていたので率直な感想を話した。お店に入る前はウキウキしていたけれど、出る時はそんな気持ちもなくなっていた。お腹は多少膨らんで、充実した気持ちにもなれたので、今まで味わったことのない経験だった。今回は体験だったが、いつかまたお店に行ってみよう、もし商品が本当に並んでいて、自分が言った意見が反映されいたら、嬉しいだろうな、と思う。自分も商品開発に関わることができたのだから…

 そう思いながら、お店を後にした。これで市役所に戻るのかと思ったら、次の出張先に直接向かうらしい。今日はいきなりバタバタしている、次はどんな現場が待ち受けているのだろうか…

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