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  市長の講話が終わり、インターンシップ体験の学生が最初の仕事体験となる税務課に到着した。フロアは比較的広く、職員は30名ほどである。庁内でも有数の大世帯であると井上さんに教えてもらった。税務課の中に係は3つあり、私は住民税係を体験することになった。
 まずは、課長に挨拶する。さすが課長、デスクも少し立派だ。

 私「インターンシップでお世話になります。よろしくお願いします。」

 税務課長「よろしく。本当の仕事だと思って真剣に取り組んでください。貴重な経験になると良いね。」

 私「ありがとうございます。頑張ります。」

 課長は自分の父親よりも年上の人で、親戚以外で年配の人と話すことは初めてで、緊張した。大学でも先生と話すことはあるが、やはり仕事の場で話すのは雰囲気も違う。しかし、課長はそうした気持ちを察してくれたのか、優しく応対してくれた。私はチームの一員として迎えてくれたような気がして、短い期間だが頑張ろうと思った。その後、それぞれの係にも挨拶を済ませ、住民税係のデスクに座った。井上さんによると、職員1人ひとりに自分のデスクがあり、インターンシップの学生のために特別に用意してくれたそうだ。

 最初に教えてもらったこと-税金を扱う仕事で必要なこととは?

 井上「さあ、では仕事を始めましょうか。と言っても、何をすれば良いかさっぱり分からないよね?」

 私「すみません。何も分からないです。そもそも住民税ってどんな税金なのかも分かりません。」

 井上「そうだね。簡単に言えば給料などの収入によって課税されるのが住民税で、国の所得税みたいなものかな。」

 私「なるほど。イメージはつかめました。では、どんな仕事をすれば良いですか?」

 井上「「まずはやってみよう」という姿勢は良いね。大学のゼミとかサークルでも役に立ってるんじゃないの?」

 私「そうですね。自分の長所だと思っています。仕事でも活かしたいです。」

 井上「でも、税務課では気をつけた方がいいよ」

 私「えっ、なぜですか?」

 どんなことにも積極的に飛び込んでいく姿勢が、私の大きな長所だと信じていた。面接でも積極的にアピールしようとひそかに思っていたのだが、どうやらそうではないらしい。少し度肝を抜かれた感覚になったが、その理由を井上さんは次のように説明してくれた。

 井上「税務課は税金を扱うから、特に慎重さが必要なんだ。公平性が大切だから、誰にも等しく適用される法律が最も重要なんだよ。だから、まず法律を正確に知らないといけない。また、計算ミスで税金の額を間違えると、ニュースになってしまうほどなんだ。去年、〇〇市で固定資産税を20年間過大に課税していたというニュースが流れた。慎重に仕事をしていたんだろうけど、そうしたこともあることを常に注意しなければならない。ルールや計算を間違えるともちろん本人にも迷惑がかかるけど、住民全体から信用されなくなるよね。だから、積極的なのも大切だけれども、その前に何度も確認するくらいの慎重さが税務課では必要なんだ。」

 私「確かにそうですね。税金だから、納得して、気持ちよく納めたいですよね。」

 井上「そう。そこで、君はまず、この「税務六法」「要説住民税」を読みなさい。まずは住民税の仕組みを正確に知ることだ。」

 私「本を読め、ということですか。何だか仕事をする感じではないように思いますが…」

 井上「インターンシップは期間が限られているから、本を読むだけで終わるのはもったいない。だからここでは全部読む必要はないけれど、新入職員には全部読むように指示しているよ。そうでないと、住民からいろいろな問い合わせや相談が来るから、スムーズに答えられないからね。」

 私「分かりました。少し読んでみます。」

 1時間ほど、「税務六法」と「要説住民税」を読んでみた。どちらも数百ページの本で、こんなに細かくルールが決められているのかと正直驚いた。また、住民税をめぐる裁判の例なども紹介されていて、気持ちが引き締まった。

 本に集中していて少し疲れたなと感じたので、自販機でジュースを買った。その場で飲んでいる職員もいて、いろいろ話を聞きたかったが、まだインターンシップが始まったばかりなのですぐ席に戻った。すると、住民税係の若い職員が声をかけてくれた。

 若手職員から教えてもらった、地方公務員の職場の雰囲気とは?

 若手職員「市役所に興味があるの?」

 私「はい、前から公務員になりたくて、住民の顔が見えるのが市役所だと思うので。」

 若手職員「そうだね。僕は5年目の時に県庁に派遣されたんだけど、ほとんど住民と接する機会がなかった。職場は活気があるけど、県庁に窓口はないから閉ざされた感じはあると思う。市役所は1階にたくさんの窓口があって、いつも住民で賑やかだよ。たまに怒鳴り声も聞こえるけどね。住民税も、喜んで来る住民は少ないかもしれないけど、コミュニケーションはそれなりにあるよ。君には合っているかもね。分からないことがあったら何でも聞いて、井上さんには聞きにくいこともあるだろうから。」

 私「ありがとうございます。じゃあいきなりですが、仕事は大変ですか?」

 若手職員「大変な時もあるよ。残業の日もあるし、住民からのクレームもある。でも、先輩や課長が見てくれているから、何かあったら助けてくれる。前の課長はちょっと違ったけど、今の課長は面倒見が良いヒトだと思う。係の雰囲気も良いから、大変な時もみんなで乗り越えられる。その時に、「ここで仕事して良かったな」って充実した気持ちになるよ。」

 私「良いメンバーに恵まれているんですね。」

 若手職員「まあ、そういう人ばかりとは限らないけどね。前の課長がいる部署は、すっかり暗くなっちゃったみたいだから、同情するしかないよね。最近は仕事しやすい上司が増えたけど、これだけ職員が多いとやっぱり合わない人もいるよ。」

 私「そうなると辛いですね」

 若手職員「まあ、そこは仕事だから割り切るしかないよ。家族じゃないからね。」

 そんな話をしていると、井上さんが話しかけてきた。何か仕事をさせてくれるようだ。

 最初の仕事は、証明書の発行!

 井上「じゃあ証明書の発行をしてみようか。住民税係の大切な仕事だから、頑張ってね。」

 私「はい、分かりました。どんな仕事ですか?」

 井上「所得(課税)証明書といって、去年の所得や課税額が書かれているものなんだ。住民が銀行からローンを借りる時などに、どれくらい貸付できるのかを決めるために所得の種類や金額を確認するんだ。所得(課税)証明書には、それを証明する書類なんだよ。住民からの申請があった時に発行するから、住民とのコミュニケーションにもなるから、やってみて。」

 私「分かりました。頑張ります!」

 すると、1人の住民が窓口に来て、証明書の申請をしてきた。井上さんがその住民にインターンシップの学生が受付をしても良いか確認してから、対応が許された。大切な個人情報を扱うのだから、許可を得たようだ。その住民はニッコリ笑ってくれた。「頑張ってね」と励まされているような気がした。

 次回に続く…

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