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 午後になると、井上さんから「出張に出かけるよ」と告げられた。これから県庁に書類を提出に行く、とのこと。サラリーマンと同じように、公務員にも出張はあるんだな、と思った。外に出るのは好きだから、どんな出張になるのか何だかワクワクする。また、井上さんも一緒に行くとのこと。県庁まで車で1時間くらいかかるから、車の中でいろいろ話しが聞けそうだ。

 出張に行く時は、上司の許可をもらうという。出張記録簿に日付と行先・名前を書いて、上司が印鑑を押してくれた。市役所の車を借りる手続きをして、所管の課から車のキーと高速道路で使うETCカードを受け取り、駐車場に向かった。運転するのは財政課の職員で、私は井上さんと後部座席に座った。

 私「出張することは多いんですか?」

 井上「課によると思うよ。財政課は内部の管理が仕事だから、出張する機会は少ない方なんだ。でも、道路を管理する課は毎日のように現場に出ているし、秘書課は市長と一緒にいろいろなところに出かけるから、出張の頻度は課によって本当にバラバラなんだ」

 私「そうなんですね。でも、外に出るのは気分転換になって楽しいです」

 井上「そうだね。机にずっと座っていると疲れるから、外に出ると何だかスッキリするうよね。もちろん、企業の社長や国会議員に会うような時は、緊張するけれど」

 私「確かにそうですね。今日は誰に会うんですかうんですか?」

 井上「今日は決算統計の書類を県庁に提出するための出張だから、相手は県庁の担当者だよ。でも、少し緊張するかな。書類を出して終わりならいいんだけれど、書類の内容を聞かれた時にしっかりと答えなければいけないから、担当の人はしっかり準備しなきゃいけないからね。それができるかどうか、今は緊張していると思う」

 私「決算統計って何ですか?」

 井上「決算統計は正式には地方財政状況調査と言って、1年間の収入と支出の金額を自治体ごとに集計して国に報告する制度なんだ。地方財政の状況をまとめるために、国が都道府県と市町村からデータを集計しているんだよ。県庁は市町村が提出したデータを集めて、国に報告するんだ。決算統計で地方財政全体の状況と個々の自治体の財政状況が分かる、大切な統計だよ。」

 井上さんは続けて言った。

 井上「決算統計を作成するのに1か月以上かかる。全部の収入と支出を1つ1つ細かくチェックして、項目ごとに集計するからね。家庭でも家計簿をつける時、買ったものや口座から引き落とされたものをチェックして、食費とか光熱水費とかに集計するでしょ。あれと同じで、数字を間違えてはいけないし、分類も間違えないように気を付けないといけない。もちろん市役所全体の収入と支出を見るから大変なんだ。」

 私「なるほど、市の家計簿なんですね。私にはできそうにないです」

 井上「決算統計は仕事だから必ずしないといけないけど、家計簿は僕も付けてないから、何とかなるよ」

 車は高速道路を降りて、県庁に到着した。指定された会議室に行くと、県庁の職員が座って待っていた。インターンシップの学生が同席することを説明してもらい、全員で会議室に入った。

 県庁の担当者は慣れた手つきで100枚近い資料をサッと眺めながら、気づいたことを聞いてくる。何を聞かれるか分からないから、こちらも大変だ。すぐに答えられるものもあれば、分厚いファイルから詳しい資料を探して答えたり、市役所に電話して同僚に確認したりと、慌ただしい。すぐに答えられない時は、職員も焦って汗をかいているし、県庁の職員も「早くしてくれ」と言っているように見えて大変そうだ(注:実際には言っていない)。自分が担当者になって1人で県庁に来ても説明できるか、不安になった。

 1時間ほどやり取りがあって、何とか無事に提出できたようだ。会議室を出た時の財政課の職員は、解放感で笑顔が滲み出ていた。
決算統計を作るのが1ヶ月以上かかる長い仕事だったので、今夜は課で打ち上げ会をするらしい。職場での飲み会は年末年始の忘年会(または新年会)、4月の歓送迎会、8月の納涼会の3回がオーソドックスなパターンらしい(注:国や自治体によって異なる)。財政課は、決算統計の打ち上げでも軽く飲み会があるようだ。飲み会の回数が多すぎるのはプライベートの時間もお金も減って困ってしまうが、それくらいなら親睦を深めるためにちょうど良い回数かもしれない。

 再び車に乗って、市役所に戻った。財政課の職員も仕事が終わったので、帰りに図書館や公民館など市の施設を通りながら、どんな仕事をしているか説明してくれた。図書館は私も使っているので、行ったことはある。その時は受付の人も親切に応対してくれた。人に喜ばれ、感謝される仕事がしたいと思って市役所の職員に興味を持ったのだが、図書館のような施設で仕事をしている人は委託先の企業の職員だったり、市の臨時職員だったりすることが多いそうだ。サービス向上とコスト削減のためとのことだが、利用者にはまったく分からなかった。

 市役所に帰ると、ちょうど夕方になっていた。自動車の鍵とETCカードを担当課に返却し、デスクに戻ると、井上さんが話してきた。

 井上「出張に行ったから、復命書(ふくめいしょ)を書こうか」

 私「復命書って何ですか?」

 井上「出張の報告書だよ。行先とか目的、出張の結果をまとめるんだ。ここまで書いて、出張がようやく終わる。内容を覚えているうちに書いておいた方が楽だから、今書いてしまおう。テンプレートがあるから、それを見れば書きやすいよ」

 そう言われて復命書を作成した。パソコンの扱い方やワードの使い方は大学で学んでいるから、問題はなかった。しかし、ほとんどはスマホで用事を済ませているし、紙に印刷することも印鑑を押すこともない。復命書も早くスマホでオンライン提出できるようになると良いのに、とも思った。

 こうして、夕方のチャイムが鳴り、2日目のインターンシップ体験も終わった。財政課はこれから飲み会なので、「さあ、行くぞ!」と一気にテンションが上がっていた。財政課長に御礼の挨拶をすると、課長も上機嫌で応対してくれた。普段は忙しい課とのことだが、雰囲気が良いので職員も楽しく仕事をしているように見えた。

 2日目のインターンシップ体験を慌ただしく終わった。今日も充実した1日だった。

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