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 和菓子の試食を終えて、すぐに次の訪問先へ向かうことになった。今度は、旅行代理店に行くようだ。私も旅行に行く時は旅行代理店に行って相談してから決めるので、訪問先のお店にも行ったことはある。たぶんお店の人も私のことを知っているだろう。まだ公務員になったわけではないが、市役所は本当に住民に身近な仕事だとつくづく感じる。かえって近すぎて動きづらいのかもしれない、とふと思うほどだ。

 午前中の仕事は旅行代理店への訪問でひと区切りだと言う。さっき和菓子を少しいただいたので、お腹は空いていない。もう少し頑張れそうだ…

 そんなことを考えているうちに、旅行代理店に到着した。やっぱり店員さんは私のことを覚えていて、お客さんというよりも「なぜいるの?」といった顔をしていた。インターンシップの学生であることを店長に伝え、同席の了解を貰って会議室に入った。

 会議室には、店長だけでなく旅行会社の本部の人も来ていた。課長の顔はさっきの和菓子店と違って、少しビクビクした感じにも見える。旅行は楽しいものだから、このお店に来る人がするような表情ではない。いったい、どうしたのだろうか。

 課長が挨拶した。

 課長「本日は、このような機会をいただき、ありがとうございます。今回、刷新したイベントへの参加とお土産・宿泊をセットにしたツアーを企画しましたので、よろしくお願いします」

 課長の挨拶から何とも言えない緊張感が伝わってきた。まるで、さっきの和菓子店の店長さんみたいだ。そして、旅行会社の方がさっきの課長に近い雰囲気に見える。何だか立場が逆になったような様子だ

 旅行会社の方が簡単な自己紹介をした後、課長は持参した資料を配り、ツアーの概要を丁寧に説明していた。私も地元の出身なのだが、「子どもの頃から家族でよく行っていたイベントが、次からこんなに面白くなるのか!」と飛び上がりたくなるほど魅力的な内容になっている!。これが現実になるのなら、ぜひ友達を誘ってみよう、そんなことを考えながら説明を聞いていた。

 説明が終わると、旅行会社の人が真面目な顔で話を始めた。

 旅行会社の人「なかなか面白そうなツアーですね。ところで、ターゲットはどの辺りに住む、どの年齢層をイメージしていますか?

 旅行会社の人から次々に質問が飛んできて、課長もよどみなく1つ1つ丁寧に答えていた。その光景は、公務員試験で練習している模擬面接のようだ。いや、もっとハイスピードで、ハイレベルだ。こんなすごいやり取りを見ていると、公務員試験の面接がとても大切なことが分かるし、現場はもっとすごい緊張感があると恐怖感さえ覚える。

 しかし、そこは課長。ベテランの味というか、頼りがいのある上司というか、旅行会社の人からの質問にもしっかり的確に対応していた。さすがだな、と尊敬の念が込み上げてくる。そうしているうちに旅行会社とのやり取りが終わり、最後に旅行会社の人が言った。

 旅行会社の人「内容はだいたい分かりました。ただ、他の自治体からもいろいろな提案をいただいていますので、会社に持ち帰って検討します。また連絡しますので、よろしくお願いします」

 課長「はい、承知しました。本日はお時間をいただき、ありがとうございます。ぜひ、よろしくお願いします

 最後の会話も、まるで面接試験のようだ。課長はやるだけのことはやったけれど、結果はまだ分からない。結果が分かるまで、不安だろうな…。そんなことを思いながら、旅行代理店を出た。車の中で、課長が話しかけてきた。

 課長「いやー、緊張したよ。厳しいことも言われたけれど、準備しておいて良かった。でも、結果は心配だなー」

 私「市役所にも、こんな仕事があるんですね。会社員の営業みたいな

 課長「あるよ、特に産業振興の分野は営業も大切な業務だよ。僕が担当している観光もそうだし、企業誘致もいろいろな企業を訪問して「うちに工場を作りませんか?」って営業しているからね。断られることも多いから落ち込むことも多いよ

 私「そうなんですね。公務員にも民間企業みたいな仕事があると知って驚きました」

 課長「まあ、こうした仕事ばかりではないけれど、地域の経済を盛り上げるのも市役所の仕事だからね。それにね、こうした営業のような仕事を経験すると、誰が、何を望んでいるのかが分かるようになるから、他の仕事にも役に立つよ。ニーズを捉える、ってことだね。企業だと売り上げを増やさないといけないからニーズを捉えることがもちろん大事だけれど、公務員だって預かった税金を無駄にできないから、ニーズに答える使命がある。営業は、その感覚をつかむのに良いんだよ」

 私「なるほど、そういうことなんですね」

 課長「そして、企業も利益だけを求めるのではなく、社会に役立つ存在でなければいけないんだ。SDGsが世界的に注目されているのも、そうした流れだよね。だから、企業も行政機関と連携して社会に役立つビジネスをしようと、しているんだ。だから、これから公務員の企業の関係もますます深まっていくんじゃないかな」

 私「あっ、そういえば私の友達でも公務員試験と民間企業を併願している人がいます。私は公務員専願なので民間企業と公務員の仕事は全然違うと思っていたのですが、意外に接点はあるものなんですね」

 課長「そうだね、僕もこの課に来て3年経つけれど、民間企業の人たちも社会の発展のために頑張っているという雰囲気がすごく出てきたように思うよ。公務員と見分けがつかない時もあるくらいだから。もちろん公務員は安定していてメリットはあるけれど、社会に役立つ仕事という意味では民間と公務員の違いは前ほどではなくなってきているんじゃないかな。だから、公務員の仕事に求めているやりがいと、民間企業の仕事に求めているやりがいは全く別というわけでもなくなっているように感じるよ。特にこの課にいるとそう感じるよね」

 井上さんも会話に加わった。

 井上「公務員の仕事は本当にいろいろあって、インターンシップの経験で分かったと思うけれど、まるで転職したと思うくらい全然違う仕事に就くから、それも公務員の特徴だよね。でも、さっき課長が言っていたけれど、全然違う仕事でも前の経験が活きるんだよ。今、副業が話題になっているけれど、副業をすると本業にもいい影響があるって言われているよね。それは、違う仕事の経験が役に立つからだと思うんだよね。公務員は副業がなかなかできないけれど、転職みたいに仕事が変わることで、副業しているような効果が出るんじゃないかな」

 私「なるほど、確かにそうですね。特に今回の経験は、公務員試験の面接にもすごく参考になりました。面接に少し恐れていたんですけれども、そんなこと言っている場合じゃないって思いました」

 課長「あはは、面白いね。でも、僕も公務員試験の面接の時は凄く緊張して、なかなか答えられなかったんだよ。だから仕事をして成長していけばいいんだ。面接を恐れすぎて実力が出せないのは困るけど、とにかく仕事につながっているっていうことを分かって準備すると面接試験への力も入るんじゃないかな」

私「そうですね、ありがとうございます」

 こうして、午前中の体験を終え、昼休みに入った。市役所に戻って、机の上で弁当を食べた。朝一番から外出したので、課の人たちとようやく話すことができた。素晴らしい課長さんの下で働いている部下の皆さんだけに、とっても優しく、生き生きとしているように見えた。

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