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 インターンシップでお世話になる井上さんから話を聞いて、少しだけリラックスできたかなと思ったのもつかの間、市長からの講話があるということで学生全員が大会議室に集められました。
 会場に行ってみると、緊張した雰囲気が漂っています。ふだんの大学の講義では教室がうるさいくらい賑やかですが、さすがにインターンシップでは静まり返っています。みんなの顔も真剣そのものです。ましてや、テレビや新聞でしか見たことのない市長が私たちの前で直接話をしてくれるのですから、こんなに貴重な機会はありません。

 田中市長、登場!

 そこに、田中市長が入ってきました。全校集会で校長先生がステージに上がる時のように、ゆっくりした重々しい感じで登場するのかなと思っていたのですが、意外にも軽やかな足取りで、ニコニコしながら入ってきました。全員で一礼した後、田中市長はマイクを握り、「皆さん、座ってください」と元気よく言ってから、話が始まりました。

 「こんにちは!。市長の田中です。本市のインターンシップに参加していただき、ありがとうございます。ここでの経験が皆さんにとって大きな意義のあるものになるよう、いろいろなメニューを用意しました。ぜひ、有意義に過ごしてください。
 私からは皆さんへのメッセージとして、新人職員に話すことと同じことを伝えたいと思います。なので、皆さんも本市の職員になった初日のつもりで私の話を聞いてください。」

 市長からの「3つのメッセージ」①自分が市長になったつもりで仕事をする

 「私から伝えたいメッセージは3つあります。1つ目は、自分が市長になったつもりで仕事をしてほしい、ということです。上司からの指示を待っているだけでは、これからの公務員には望ましくありません。むしろ、「自分が市長だったらこうする」と常に考え、上司に提案してほしいのです。これには2つの意味があります。1つは積極性を持ってほしいということ、もう1つは全体の視点を持ってほしいということです。積極性については言うまでもないことでしょうから、全体の視点について詳しく説明しましょう。」

 「皆さんは「縦割り行政」という言葉を聞いたことがあるでしょう。まさにそうなんです! 縦割りだとどうしても視野が狭くなり、部分的に良いものはできるかもしれませんが全体が良くなるとは限らない。例えばスマートフォンをイメージしてください。カメラだけ性能が良くなったとしても、撮影された画像や映像を編集する能力やSNSで発信するための通信速度、長く撮影するためのバッテリー、撮影するために持ちやすい形や重さなど、いろいろな条件が揃っていなければ、スマートフォンとして良いものになりませんよね。それと同じで、縦割りでは全体を良くする視点がどうしても出てこないのです。」

 「しかし、市役所には縦割りでないところが1つだけあります。それが「市長」なんです。市長はたった1人ですから、そもそも誰とも分担できません。そして、縦割りの組織を引っ張っていく役割を担っています。ただ、私も1人の人間ですから、できることは限られています。何百人もいる職員の支えなしには市長の役割も果たせません。ですから、縦割り行政の弊害を打破するために、皆さん1人ひとりが市長になったつもりで仕事をしてほしいのです。自分に与えられた仕事だけをただこなすだけではなく、全体の視点を持って自分の仕事を見つめ、全体が良くなるように仕事をしてください。これが1つ目のメッセージです。」

 市長からの「3つのメッセージ」②プロ意識を持つ

 「2つめのメッセージは「プロ意識を持つ」ということです。社会人は民間でも公務員でも給料を貰って仕事をしますので、責任が伴います。特に公務員の給料は税金から出ていて、納税は国民の義務です。市場で提供されるモノやサービスは、自分が欲しいと思ったものだけにお金を支払えば良いので、支払いたくなかったらそれでも良いのです。しかし、税金は違います。個人的には欲しくないものでも負担しなければなりませんし、自分と無関係なものに負担が求められることもあります。税金が「取られる」という感覚になってしまうのも仕方ありません。しかし、「義務だから負担して当然」と考えてはいけませんし、市民が納得して負担してもらうことで公務員が給料を貰う意味があるのだと思います。そこに強い責任感を持ってほしいのです。」

  市長からの「3つのメッセージ」③コスト意識を持つ

 「最後のメッセージは「コスト意識を持つ」ということです。2つめと関係していますが、税金は強制なので市場のように「高いか安いか」の判断がどうしても弱くなりがちです。実は日本の税金は世界的には安い方なのですが、高いと感じている人が多いと思います。私は、税金は「取られる」ものではなく、「預かるもの」「分かち合うもの」と考えています。預かった税金を最大限に還元し、みんなで分かち合うのです。そのためには、コスト意識を持つことが大変重要です。例えば、公務員の年収はいくらですか? それは自分のことなので知っているかもしれませんが、それでは、いつも仕事しているオフィスを維持するのにどのくらいのコストがかかっているのか、考えたことがありますか? 手元にあるパソコンとか電卓はいくらですか?、自動車は?、それは仕事でコストに合った成果を出していますか? もっと安くできませんか? あまり考えたことはないかもしれませんが、こうしたことを日ごろから意識できる人こそ、住民全体に奉仕する公務員の姿ではないかと思います。」

 最後に…全員税務課に行くことに!

 「以上が私からのメッセージです。聞いていただければ分かるように、これらは、民間企業と公務員の違いとも関係しています。皆さんは公務員の仕事に魅力を感じて今回のインターンシップに参加してくれたと思いますが、だからこそ民間とは違った公務員のやりがいや難しさもあるわけです。もちろん民間に学ばなければならない点もあるでしょう。私たちは日々、そうしたことを感じながら市民のために仕事をしているのです。ぜひ皆さんも、短い期間ですがここでは学生という意識から離れてはなく市長になったつもりで、本当の仕事だと思って真剣に取り組んでください。」

 「もちろん先輩も暖かくサポートしてくれます。公務員は市民全体の為に仕事をしているわけですが、仕事をするのも個人ではなく組織全体です。全員が市長の意識を持ちながら、抜群のチームワークで刺激しあい、支えあって仕事をしています。先輩からも大いに学んで、「自分もあの人のようになりたい」という気持ちになってほしいなと思います。」

 「皆さんには最初、税務課の仕事を体験していただきます。それは、私のメッセージを実感してほしいからです。市民がどのような暮らしをしていて、どのくらい税金を負担しているかがよく分かります。税金の大切さを学ぶことができることでしょう。その後、いろいろな部署を少しずつ体験してもらいます。短い期間ですが、いろいろと吸収してください。そして、大学に戻ったら、もう一度自分の進む道をよく考えて、本気で公務員になりたいという気持ちを持ったら、試験を突破してほしいと思います。そして、またここでお会いして、私の話を「あの時と同じだ」と思ってくれることを期待しています。それでは、頑張ってください。」

 市長の話を終えて…

 市長の話が終わった。市長は雲の上の存在だと思っていたが、仕事では身近な存在なんだな、と感じた。そして、職員全員が市長のつもりで仕事をしてほしい、と言っていたことに驚いた。自分が市長になるなんてこと、考えたこともないし、これからどうなるだろう…期待と不安を高めながら、井上さんに連れられて最初の税務課に案内してもらった。

 次へ続く→ いよいよ税務課へ、初めての仕事体験!

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